往く年は明けて (嶋本と高嶺)
はい、と可愛らしいデザインのぽち袋を渡されたのは毎年のように人が溢れる境内から帰り着いて両手に下がったビニール袋を片付けたすぐ後だった。
「……あ?」
こたつの中でビール代わりの甘酒を片手に随分間抜けな顔をしているだろう自分に、もう一度念を押すように、自分で取れと言うように、ん、とそれを差し出す。
これでも何も返せなかったらきっと子供にするように手を取られて握らされるのは目に見えていて、それでもどこか動揺の残る自分は慌ててそれを両手でまさしく押しいただけば、何してるんですとも言わずに呆れた顔で息をこぼしたそいつはそれきり黙って新年を賑やかすテレビに顔を向けた。
どうしていいか判らないまま目の前で開けるのも気が引けたので、そっと自分の側に置いて一方的に気まずいまま一つの画面を見つめていれば、程なくしてそいつは台所へ立つからその隙にそっと袋を開けて逆さまにする。
転がるには少々重すぎる複雑な形は、それでも名前の由来の通りにこれっぽっちと言うに相応しい質量と数量だったのだけれど銀色に鈍く輝くその鍵は、こたつと甘酒と確かにそれ以外の気分に火照る手のひらにひっそりと静かに冷たいのだった。
来る年は過ぎる (嶋本と高嶺)
それからしばらくはずっと何かにつけその事をからかってやろうかとも思ったのだけれど、それ以前に同じことをしたのは自分自身だしそういう事において一筋縄ではいかないどころか下手に手を出せばぐるりと一周して自分が損な立ち位置になるのは判りきっていたから、一つ分増えた鍵束の重みを思い出したように手に取っては確かめることでそんな気持ちをごまかして、例えばそいつは自分のようにあのこの世の物の何一つとして代替品になりえないとすら思った緊張やらそんな色々を経験したのかとか、思う所はあったのかとか、あまりにもスマートに済まされてしまったその受け渡しが何となく引っかかったりとかしたのだけれど、まるで何事もなかったかのようにそれが通年の行事であるかのようになんともすんなり終わってしまったそれこそが多分そいつ自身の複雑な心中の裏側で、本当のところなのだろうなと言う幸せな想像一つで今のところは済ませている自分は賢くなったのかずるくなったのか判別はつかなかったけれど、面と向かって訊けばまたひらりひらりとはぐらかされるか大真面目な答えが返るかそのどちらかなのは目に見えていて、そのどちらも自分勝手なこの気持ちの正解にはなえないと判っているから今暫くはこの何とも頭のおめでたいとしか形容しがたい気分に浸っていても良いだろうと寒空に免罪符を探す。
お正月と言うことで一つ、ほのぼのとしたものを。
嶋嶺二人の合鍵事情というものを精一杯ロマンチックに演出してみようという妄想でした。
お互い素直にわざわざきっかけを作ってまでそれの受け渡しはしないのだろうなとか、きっと何か世間の恒例行事に紛れ込ませるように受け渡してしまうんだろうなとか色々と考えたら止まりません。
日常生活の中に何か一つものが増えるとき、それが日常の枠を出ないのならそうであっていい気がします。
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