空っぽの両手 (嶋本と高嶺)
「ちゃうやろ」
なにが、とは言わない。
お互い何がそうなのかは痛いほど理解している。
「守れんかった、って、思うのはちゃうやろ」
多分お互い考えていることは同じだと思う。
「俺らは誰かが守れんで、掴めへんかったそれを拾うのが仕事やろ」
多分お互いの結論は同じだと思う。
「俺らに守る強さは必要あらへん」
言うまでもないけれど、言わなければ逃がしそうで、口にする。
「俺らは救う力がないとあかん」
そうだね、と幾分心もとない肯定を受け取る。
「だから、たぶん、」
弱音だとわかっていながら、言わなければ崩れそうで、口にする。
「お前のせいとちゃうねん」
蚊の鳴くような声ですら、肯定は返ってこなかった。
明け透けな言葉 (嶋本と高嶺)
「覚えてますか」
そんな昔話をこのタイミングで持ってこなくてもいいと思う。
「詳しいところは覚えているようですから省きますけど、」
この、この瞬間にそれはない。
「同じことを言わないとわかりませんか」
わかるわからないの問題ではない。
理解ならば十分しているし自分の判断に誤りもないと思っている。
理解するのとそれを納得するのはまた別の行動で、それだけが、どうしても納得だけが出来ない。
「ですから、たぶん、」
言うな言うなと思いながら、聞かなければ膝が折れそうで、耳を傾ける。
「あなたのせいではないですよ」
聞かなければよかったと、今更に膝が笑う。
通り過ぎた拳 (嶋本)
別に誰のせいでもないんじゃないの、難しく考えすぎなんじゃないの、といつだか一ノ宮さんが言っていたような気がして、やっぱり思い返してもその声も口調も一ノ宮さんだったから一ノ宮さんだったんだなと思いながら頭を抱える。
たぶん自分がほしかったのはそんな言葉よりもただ一発の拳だったんだと思う。
あのころみたいに殴られて痛みで半分くらい厄介な悩み事を飛ばしてしまって開き直れたほうがよっぽど楽で、そうなれない立場になってしまったのが、何よりそれを自分が望んでやってきたのが一番厄介なのだと今更思う。
見え透いた嘘 (嶋本と高嶺)
「何かを得るために何かを犠牲にしなければいけないなら、私達はひどく矛盾していますね」
いったい何を言い出すのかと思えば本当にきわどいところで嫌なことを言ってくる。
「たくさんの人を助けたいと思うなら、それだけたくさんの人が犠牲にならないといけませんからね」
まったくもってこいつがいうと洒落にならない。
だからさっさとオレンジ脱いで好きにどこへでも行ってしまえと突き放す。
そうしてやらないとこいつは本当に人知れずどこかで折れてしまうのだ。
理由のない涙 (嶋本)
優しさとわがままはいったいどう違うの、どちらも自分が傷つかないようにするためのものでしょうと自棄のように言うから、そんな風に考えているそいつの優しさだかわがままだかに確かに救われた自分がいたから、腹が立って腹が立って、優しさは他人を救うけれどわがままは絶対に誰も救わないとその違いを明確にしてやってもいいのだけれど、そうやって自分の持てる限り最大の優しさを向けてやるのも癪だったから、自分で考えろと冷たく突き放す。
お前がその優しさだかわがままだかでどれだけの人間を救ったか振り返ってみればいい。
徹底的に徹頭徹尾上から下までずっとぐるぐるし通しの嶋さんと嶺さん。
たくさんたくさん乗り越えて、今の二人があるといい。
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