あるいは、決別 (嶋本と高嶺)
一通りいつものようなくだらない会話のあと、不意にこちらも向かずにその人は言う。
「もっかい、言うとくぞ」
「・・・はい?」
「お前が一緒の隊になった時に一回言うたけど、もっかい言うとく」
その小さな背中と、随分似合わない大きさの、決意。
「あの人のこと頼むぞ」
だけれど、この人にはそれくらいが丁度いいような気がする。
「高嶺、返事」
「はい」
こちらを向きもしないで、まるで怯えるように。
「あの人がどんな人か、お前やって判ってるやろ。一緒の隊になって」
「ええ、おかげさまで」
あの人の隊の副隊長というのがどんなものかは、この人を見てよく判っている。
「今度はお前が、あの立場や」
「はい」
「頼むぞ」
「はい」
そういってその人は、始終こちらを見ないまま、立ち上がって歩き出す。
きっとその後ろを歩く自分は、もう彼と同じ方向へ歩いてはいないのだ。
やさしいひと (嶋本と高嶺)
お疲れ様ですといって差し出されたのは、いつものコーヒーではなくお茶だった。
「のどに良いですよ」
「あー・・・・・すまん」
そういう声すら、哀れなほどにかすれる。
「大変そうですね、毎年」
「まぁ、・・・それこそ毎年やからな」
先ほど、精神的にも肉体的にも限界のふちをさまよいながら官舎へ走り出した新人達へ、並大抵の声量では言葉は届かない。
「それにしても、あなたもずいぶん優しくなりますね」
「あん?」
「私にはとても無理です」
「・・・・・・はっ」
上から優しく微笑むだけで、差し伸べた手は決して引き上げてやる役目を負っていない、それこそが一番たちが悪いというのに。
誰が為に鐘は鳴る (嶋本と高嶺)
やっぱり家は、帰るためにあるんですよ、なんて、誰でもそう思うようなことをいうから、きっと何かあったのだろうと予想はついたけれど、それでも自分と彼の距離は変わらない。
多分この救命士のいう家の意味は、そこにきちんと迎えてくれる人がいるそういう空間を指すのであって、そこまで考えてようやく一つ思い当たる節を見つけて、ああ、なるほどやはり、家は帰るためにあるのだと思った。
誰そ彼 (嶋本と高嶺)
思うように帰路につけずにいらいらしていたら、隣で救命士が阿呆のように空を見上げて嘆息するものだから、一体そこに何があるのかと思って見上げたそこに、黒ではないそれでも確かに暗い色の、そんな真っ青があったのだけれど、そこにまるで終着点のように真っ白い月があったから、ああ、こんなものを見て隣の救命士は嘆息できるのかという事実に呆れ返った。
そうして、いらだちが少しおさまった事に気づく。
唇から掃討作戦 (嶋嶺)
乾いてしまった唇をとっさに、もはや無意識の内に舌で舐めて湿らせてしまう。
それはいつもこの時季の癖なのだが、救命士に見つかると少しうるさいことになる。
「あんまりそうやっていると、逆に乾燥しますよ」
「判ってる、判ってんねんけど、癖やねん」
癖でも改善の余地はあるだろうが、こればかりはあまりに些細なことすぎて、気をつけようにも気がつかない。見かねた救命士はリップクリームでも使ったらどうだと薦めてくるが、いちいちそんな細かいことへ女々しい気配りなどしていられない。同じ問答を繰り返すのも嫌なので、今回ばかりは素直にそう言えば、救命士は珍しく素直に引き下がる。
「まぁ、あなたがいいならいいですけどね、唇切れても知りませんよ」
「別に構わへんもん」
子供のような言い分に呆れた溜め息を返して、それでもただでは引き下がらない。
「私は血の味のするあなたと、キスなんかしたくありませんからね」
嶋本進次が冬の時期、唇の乾燥に悩まされなくなったのはそれからである。
一見さびしいような切ないような、でもあたたかい小話をいくつか。
最後の一つは三度の飯よりハグとちゅうが好きな吉野が楽しむための小話です。
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