なんでもないような (大口と佐々木)
例えばその後輩は、何もなかった実に平和な非番の日に突然メールをよこしたかと思えば、その内容は、プリンを電子レンジで温めたら悲惨なことになったから真似しない方がいいという、丁寧なのか馬鹿にしているのかよく判らないもので、次の日にそれについて訊いてみれば、案外悲惨の一歩手前でやめてしまえばおいしいですよ、と妙な推薦を返すのだ。
そうして次第にほだされている自分に気がつく。
馴れ初めというにはあまりにも (大口)
先輩に対して抱くにしては、ずいぶんとふさわしくないのかも知れないが、とにかくその人は酷く無口で、酷く無愛想で、誰の一人にも心を開きはしないような、そんな不屈の決意のような、言いあらわすのは比較的難しい、そういうものに何かしらとらわれているような、それは後から知ったことだったけれども、でもやはり一番最初に会った瞬間、自分の好奇心が刺激されたのは間違い無い。
この人は他にどんな顔をするのか、知りたくなったらそれは恋だろうか。
針と糸と (大口と佐々木)
「小鉄さーん、ボタンつけて下さい」
「は?」
突然非番の日にやってきたかと思えば、お前は今まで何年を一人で暮らしてきたのかと訊きたくなるようなお願いをされて、一瞬返す言葉がない。
「とれちゃったんですよ、これ」
見てください、と差し出された服の袖は、確かにあるべき場所からボタンが欠如している。
「俺、針穴に糸通すのは得意なんですけど、そっから先どうやっていいか判んなくて」
今時の若者よろしく爽やかに笑えば全てが解決するとでも思っているような笑顔で、なんでもないように自分の情けなさをひけらかすから、思わず哀れみが勝ってしまう。
今までどうしてたんだよと訊けば、あきらめるか誰かに頼むかの二つに一つでなんとかなってきた、と恥じる様子すらなく、いっそすがすがしい答えが返ってくる。
「これでもちゃんと自分でやろうと思ったんですけどね、ほら、左三箇所右二箇所?刺した時点であきらめたほうがいいかなー、って思って」
ほら、と両手を広げられたところで、針で刺したような小さな傷が見えるわけもないのだが、何箇所かうっすらと血のにじむ箇所を見つけて、とりあえずの努力の跡だけは認められた。
「俺ってば長男だし、婆ちゃんっ子だし、姉二人の甘え上手だから、もう実家じゃ猫かわいがりだったんですよねー、だから全然そんな裁縫とかしたことなくて」
どこまで本当でどこまで嘘なのかはわからないが、とりあえず大方信じてしまいそうなことを言って、また笑う。そんなことをしているうちに修繕された袖口を見て、ものすごい感激を示したあとに尊敬の眼差しを送ってくるから、とりあえず糸の結びから教えようと思った。
夏の話 (大口と佐々木)
「ねぇ、小鉄さん、鍋しましょうよ、鍋」
「・・・・・・・・は?」
「チゲ鍋とかでいいんじゃないですかね」
「・・・・・なんで、」
「材料買ってきますから、今日小鉄さんちで」
「だから、なん」
「やっぱ、暑いときには鍋ですよね〜」
「人の話を」
「ほかに誰か誘いますか、一ノ宮さんとか」
「それは、」
「あ、一ノ宮さ〜ん、今日ってなんですか小鉄さん」
「待て、だから、」
「あれ、辛いの嫌いでしたっけ、だったら普通の鍋でも」
「なにを、」
「熱い鍋食べながら怖い話するんですよ」
「それは、無」
「あ、すいません、俺ちょっとこれから出なきゃいけなくて、」
「おおくち、」
「じゃあ、また」
想像力 (大口)
(あ、)
考えちゃった、ああ、どうしようかな。
今まで散々無視しようとしてきたのに。自分とは関係ないと思ってこようと努力していたのに。
(たとえば、さ、)
二年目にしては色々あった一年を振り返って、怒涛の日々を振り返って、どうしても、考えてしまう。
(小鉄さん、が、さ、)
もしも、本当にもしも、そうでなかったから良かったようなものだ、誰にだって、例えばあの時、とか、例えばあの瞬間、とか、不安要素は広がるばかりで。
(いなくなっちゃったら俺は、どうしようかな)
きっと多分、その時になってはじめて自分はこの気持ちが本心なのかどうなのか、その真偽を知ることになるのだろうな、とぼんやり考える。
(でも、まぁ、)
今は邪険に扱われるくらいで丁度満足なので。
「小鉄さーん」
その後ろ姿に声をかける。
上から下まで全部大口君の空回り小話でした。
だから、小鉄さんがときおり振り返ってくれる、それだけで十分に幸せ、そんなジロテツが好きです。
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